目次

■はじめに
■戦争
■黒い扉
■ハウル
■心臓を奪う理由
■少年時代
■マダム・サリマン
■国王
■葉巻

※ 批評同人サークル思想脳労さんの評論本
『宮崎駿劇場作品解説本』に載せて頂いたものです。他に『千と千尋の神隠し』、『もののけ姫』についても書かせて頂きました。
■はじめに
この作品には「何故?」が多い。
何故戦争をしているのか。何故ハウルは黒いドアから出て行くのか。何故カブは呪いをかけられていたのか。何故ヒンはサリマンに連絡を取らなかったのか。何故あっけなく戦争が終わってしまうのか。何故ソフィーの白髪は元に戻らなかったのか。etc…
そして、積み上げられた「何故」には、明確な説明がなされないままに終幕を迎えるのである。
明示されている部分だけをつなぎ合わせてみても物語は出来上がる。子供たちは、追手や戦争による危機を乗り越えながら、ソフィーの頑張りによって「動く城」の住人が家族になっていく過程を楽しむだろう。そして呪いが解けて、戦争も終わって、ハウルとソフィーは結ばれる。それは童話のように不思議でシンプルな物語である。
しかし「何故」は残る。原作を読まなければ意味が解らないという批判もあるが、そんなことはない。映画で提示されていない情報が原作にあるとすれば、それは切り捨てられた部分なので考慮すべきではない。原作と映画の主張はしばしば違っているものだし、宮崎監督が再構築した映画版をよく吟味してみるのが先である。
ここからは大人の楽しみなのだ。『ピノキオ』や『ガリバー旅行記』のように、こっそり大人にしか分からない仕掛けが隠されているのである。奥深い重層的な物語に仕上がっているので、紙数の制限上、解釈の一例として暗示されている部分を少し考えてみたい。

■ 戦争 
そもそもこの戦争は何故起きたのだろうか?敵国の王子は呪いでカカシにされ、荒地に捨てられていた。人間に戻った時に荒地の魔女が、国へ帰って戦争でもやめさせなさいと提案するが、この時王子は「もちろんです!」と確信に満ちた返事をしている。どうも彼は戦争に反対だったようだ。国へ帰る際、棒に乗って飛び跳ねている所をみると魔法使いのようだし、ハウルは引越しの時、彼の魔力は強すぎるとさえ言っている。おそらく、彼は自分の国の戦争推進派から邪魔にされ、呪いをかけられたのではないだろうか。そんな目に遭うのは、戦争を阻止することが出来るような実権があったからだろう。
サリマンも馬鹿げた戦争と言っているので、個人的には戦争をしたかったわけでもなさそうだ。ソフィー達と面会する前に会っていたのは、絵コンテによれば外国の使節団かあるいは、外国への使節団となっている。軍事だけでなく外交的な手段も模索していたのかもしれない。
一番怪しいのは、カブに呪いをかけた連中だが、キングスベリーも開戦時は随分盛り上がっていたようだし、この機会に勢力を広げるなど経済的な背景もあっただろう。どちらにしても戦争は始まってしまう。この分からなさ加減は、民衆の視点から見た戦争だ。開戦、空襲、言論統制、情報操作など現場レベルのシーンには非常にリアリティがある。戦争の理由なんてものは、終わってから歴史として編纂されるものであり、その時の民衆はプロパガンダに踊らされるのが関の山だ。

■黒い扉
ハウルがいつも「黒い扉」をくぐって戦場へ出かけるのは、戦争の真実の姿を見る為だ。
「表通り」では戦意高揚の為に賑やかなパレードを行い、一方「裏通り」には新聞を手に、不安げに戦争の行方を話し合う男達と、横柄な兵士達がいる。この対比には、戦争初期の空気感が象徴的に描かれている。やがて大本営発表が書かれたビラでしか戦況が分からなくなる。マルクルが「勝っているんじゃないの」と訊くと、「そんなものを信じるのは愚か者だけさ」と荒地の魔女が答える。おそらく初めから情報操作がされていたのだろう。

しかし、ハウルは夜ごと「黒い扉」をくぐり、実際の戦場を見て回る。サリマンへの反発は高まり、苛立ちを感じてはいるようだが、行動を起こすところまでは出来ない。初めの方で戦うシーンもあったが、同業者に所属不明機として襲われただけのようだ。

■ ハウル 
ハウルは一見、華やかで美しく、自信に満ち溢れている。ところが「動く城」は、サリマンや荒地の魔女を恐れるあまり、山程の魔女除けの品で埋め尽くされ、牙がズラリと並んだ巨大な口やハリボテの砲台で威嚇しながら、情けなく貧弱な足で荒地を逃げ回る。「動く城」は、本当は臆病なハウルの心を象徴するものだ。ハウルの外観の美しさは、虚構の自分なのである。彼はずっと孤独を抱えて生きてきた。サリマン=社会という抑圧に対して逃げるという方法で応じたハウルは、強がって心を隠し不満と孤独を抱えて荒地という社会の外側に引きこもっていたのだ。しかし、彼の分身であり一番の理解者であるカルシファーは、言い訳しながらも、次々と人を迎え入れてしまう。
その心の象徴である城の中にソフィーが入り込み、うずたかく積もったホコリやガラクタ、そこに巣食う虫を掃き出してしまう。ハウルは、掃除はほどほどに、と忠告するが、とうとうハウルの虚飾を剥ぎ取ってしまう結果になった。髪の色が元の色に戻ってしまったことに、涙を浮かべ激しく抗議するハウルは、これまで見たことのない感情的なハウルであった。
ソフィーが、ハウルの母であり恋人という存在となり、新たに犬とおばあちゃんを迎えた「動く城」の一家は、もともといたマルクルを含めてハウルの家族になった。このことによって「動く城」は地に根ざして広く美しい城に変貌を遂げる。彼の心が、人を受け入れられるように変化したということなのだろう。

■ 心臓を奪う理由 
ハウルは「動く城」で街に近づき、少女の心臓を奪うと噂される。しかし、ハウルと出会った直後のソフィーに対して妹レティが言うように、彼に声をかけられた少女は恋に落ちてしまうというのが真相である。「動く城」で荒地を逃げ回る彼が、高いリスクを払って少女達に声をかけていたのは、少年時代の記憶を頼りにソフィーを探していたからだ。ハウルは、兵士に絡まれているソフィーを助ける際、「やあ、ごめんごめん、捜したよ」と言う。ソフィーの連れだと思わせる為の嘘に聞こえるが、これは彼が少女達に声をかける理由の説明でもある。お針子達の噂話では、南町のマーサという少女が心臓を取られたと言っているが、お針子達の知る範囲の少女なら、逆にマーサもソフィーを間接的に知っていたかもしれないし、いずれにしてもハウルの捜索の手はソフィーに近づいていたことを示している。ハウルは永い間ソフィーを待っていたし、捜してさえいたのだ。
しかし、ソフィーが未来へ帰る直前の、ただ一瞬の出会いがハウルにそこまでさせるのは何故だろう?当時のハウルはどんな状況だったのか。

■ 少年時代 
サリマンによれば、ハウルは「悪魔に心を奪われて」彼女の元を去ったのだという。つまり、悪魔に心を奪われた時=少年時代には、既にサリマンの元で修行をしていたし、去ったのもその頃である。サリマンはハウルを素晴らしい才能の持ち主と高く評価しており、ようやく見つけた跡継ぎを喜んだと回想しているが、それはまだ少年時代のことなのだ。そしてハウルは、魔法使いのおじがこっそり遺してくれた小屋で、夏によく独り過ごしていたらしいが、ソフィーの声を聞いたのもその時だった。この2つの情報から考えるに、ハウルは魔法使いのおじに育てられて魔法を志し、サリマンに師事した後で、おじは亡くなったのだと思われる。
しかし、小屋を遺すのに、何故「こっそり」遺してくれたのか。誰に対してこっそりなのかを考えると、サリマンしか思い当たらない。弟子になるには、家族と縁を切ったり、身一つでなければならないなどの制約があったのかもしれない。とにかくあの小屋は、サリマンが知らない持ち物であったはずだ。そうでなければ、サリマンから逃れる為に引っ越した後、ソフィーにプレゼントできるはずがない。
そう考えれば、ハウルがあの小屋を「大事な隠れ家」と言った意味が推測できる。ハウルは、既にサリマンの元に居たにも関わらず、サリマンの知らない隠れ家で独り過ごす時間をとっていたことになる。そこには少年時代のハウルと、サリマンの関係を垣間見ることが出来る。
絵コンテによれば、ハウルが独り過ごす小屋の机の上に、書きかけの草稿が置かれている。状況から考えて、おそらくハウルが取り組んでいたものだろう。なりは子供だが、この時、既に優秀な魔法使いであったハウルは、大人のように扱われていたはずだ。この年齢で両親もおらず、おじとも死別しているという環境は、ハウルを孤独にしていたに違いない。隠れ家に来るのは、おじとの思い出に浸る為だったのかもしれない。サリマンでは埋められない孤独を癒しに来たのではないだろうか。

■ マダム・サリマン 
サリマンは偉大な師であると同時に保護者でもあったはずだ。親のいないハウルにとっては、母親のような存在でもあっただろう。ただし、優しく母性的な母親だったかは疑問だ。ハウルを萎縮させる程に厳格だったという印象を受ける。
権力を行使する厳格な母であるサリマンは、国家に尽くし戦争を進める。魔法使い達に、獣と化して戦いに明け暮れ、心も麻痺して二度と人には戻れない兵役を強要する。真面目すぎる彼女は、仕事を遂行する為には手段を選ばず、国家の為に滅私奉公をするのは当然と思っている。
そしてサリマンは、ハウルに対しても強い執着を見せる。作品中では特に触れられないが、サリマンの小姓たちは皆同じ顔をしているし、何故かハウルに似ている。興味深いのは、監督が絵コンテに、少年時代のハウルが「サリマンの小姓位」であるという但し書きをしつこくつけていることだ。
確かに、サリマンの小姓と少年時代のハウルは、年齢だけでなく見た目もそっくりだ。国王の影武者を魔法で作り出せるくらいだから、皆同じ顔をした小姓も魔法の産物であることは充分にあり得る。おそらく、ようやく見つけた跡継ぎである愛弟子が自分の元を去ったことは、大きなショックだっただろう。それ以来、弟子を取っていないことも含めて、いなくなった頃のハウルへの執着があの小姓の姿に反映しているように思われる。サリマンも相当の喪失感に苦しんでいるのかもしれない。
とにかく、サリマンとハウルの間には確執があった。王の姿を借りてだが、サリマンの前で批判を口にするシーンや、高原をソフィーにプレゼントした時に現れた、巨大飛行軍艦をサリマンの手のものと知りながら攻撃をする様子からも分かる。しかし、一番最初の反抗は、カルシファーに心臓を与えた時だったはずだ。ハウルはそれが禁忌であると知っていた。彼がサリマンの元を去ったのは、衝動的に犯した過ちからではなく、もともと意見の対立があり、信念に基づく行動だったのだ。サリマンは、ハウルが悪魔に心を奪われたあと、自分の為に魔法を使うようになったと批判するが、ソフィーは、ハウルは自由に生きたいだけだと反論している。つまり、サリマンは自由を抑圧する存在として描かれている。彼はずっと孤独を抱えて生きてきたが、ある日、カルシファーというお互い天涯孤独の同志を得て、優しい母のようなソフィーの声を聞いて、自分を呑み込もうとする母であるサリマンと決別する決心をしたのだ。その後、荒地の魔女に近づいたのも、無意識に母性を求めてのことかもしれないが、サリマンとは逆の意味で恐ろしい母だったのだ。やがて年老いたソフィーが母性を発揮したことが、ハウルを救済することになったのである。

■ 国王 
もうひとつ不可解なシーンがある。物語の最後で戦争を終わらせることにしたサリマンはこう言う。「総理大臣と参謀総長を呼びなさい。この馬鹿げた戦争を終わらせましょう。」
何故、国王にお伺いを立てないのだろう?実権を握っているのはサリマンなのか。であれば、何故、馬鹿げていると思いながら戦争を進めていたのかを説明しなければならない。
私は中盤で登場した国王は、彼も影武者だったのではないかと思っている。彼の話した内容は、予定通り進んでいるという報告に過ぎない。一方、ハウルの扮する国王が意見を述べた時、サリマンは、今日の陛下は能弁だと言った。つまり、いつもはそうではないのだ。しかも、サリマンはカヤックに乗って飛ぶ国王が外に見えた瞬間にハウルだと見破った。何故か?
せっかく魔法で国王を造るのだから、本物の国王もウロつかせるのではなく、別のものに変えておけばより安全だ。その姿を変えた国王が目の前に居たとすればどうだろう。これならすぐに分かるはずだ。つまり、サリマンの使い犬ヒンが、国王であったかもしれない。ソフィーが階段を昇る時、抱き上げたヒンは異様に重かった。初めはハウルが化けているので重いのだろうと納得したが、ハウルではなかったのだ。最後にサリマンが「この浮気者!」と言うが、彼女がこんなことを言う程尽くしている相手が居るとすれば、国王しか考えられないではないか。
ずっとムッツリしていたヒンは、ソフィーが王宮批判をした時、ビックリして目をむく。その後ハウルが、魔法で守られた王宮に爆弾が落ちないかわり、周辺の市街に落ちることになる、とサリマンの魔法を批判した。ヒンはといえば、守られているようにサリマンの机の下に隠れている。これらを聞いてどう思ったのか分からないが、ヒンはソフィー達について行ってしまうのだ。
ヒンはそこで民衆の暮らしをし、民衆の戦争を体験することになる。そしてハウルの過去のエピソードにさえも居合わせ、彼が自分の欲望の為ではなく、カルシファーを救う為に契約したことも知る。過去から戻って来る時のソフィーを導くヒンは、これまでのヒンとは大違いだ。彼の変化は、サリマンに戦争を終わらせるよう指示し、ハウルを解放する為の重要な役割を果たすことになったのだ。絵コンテの最後にはこうある。
「とはいえ、戦はすぐにはおわらない。雲の下をとぶ爆連船の群れ、陽の射さない田園。
かがやく白い雲の峰。その上をパタパタと、ソフィーとハウルの城が飛んでいる。」
戦争はすぐには終わらないのだ。これから、本物の国王とサリマン、敵国の王子などが、国内を説得し、和平交渉を進めるのにどのくらいかかるだろうか。しかし、その一歩を踏み出す為には、「動く城」の奮闘が必要だったのである。

■ 葉巻
何故、サリマンは巾着に葉巻を入れたのか。引越し後の「動く城」に、ソフィーの母が訪ねて来るシーンだ。彼女はサリマンの指示でわざと巾着を忘れていく。その中には覗き虫と葉巻が入っていた。荒地の魔女はすぐに中を覗き、古い手だと嗤いながら覗き虫をカルシファーに燃やさせて処分する。確かに、彼女のおかげで内情を知られずに済んだのだが、サリマンの狙いは別のところにあった。その晩、サリマンのゴム人間がソフィー達を襲撃する。いつもは魔力で守られているのだが、覗き虫を処分する為に消耗したカルシファーには守れなくなっているのだ。この作戦を手伝ってくれた荒地の魔女へのささやかなお礼が、一緒に入っていた葉巻なのである。

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